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Guardianよると、先日アーセナルの監督を解任されたウナイ・エメリ(Unai Emery)後任として暫定監督に就任したフレディー・リュングベリには、まるで「全身が顔であるかのように」コンタクトを嫌がりながらディフェンスをするアーセナルのプレイヤーのメンタリティの変革をすることがもとめられそうです。

Guardianでは、Arsenalの無気力ぶりを厳しく、皮肉を込めて指摘をしています

アーセナルのDirectorであるJosh Kroenkeいわく、「フレディーはアーセナルのDNAを継承している」とのことで、過去の栄光を知るリュングベリが監督になることは、エメリの指揮下になってその「アイデンティティ」を失ったと思っているファンにとっても、希望ともいえることのようですが、2019年12月1日のノリッチ シティ(Norich City)戦を、Carrow Roadで観戦しGuardianに記事を書いたJonathan Liewにしてみると、「いったいアーセナルのDNAって何なのか」と皮肉めいた思いを持ったようです。

一般的なアーセナルのイメージは、Invinciblesに代表されるように先進性を感じさせるような攻撃サッカーをイメージでしょう。一方で、監督としてのリュングベリの期待値も、人としての評価も高いようです。そのリュングベリにして、先日のリーグ19位のNorich戦でのチームパフォーマンスはどのようにうつったのでしょうか。現地で観戦したJonathan Liewからすると、「狼狽こそすれ、驚かなかっただろう」ということです。

アーセナルプレイヤーのスプリントやランニングは、「5時に仕事を上がる」かのようなものだったし、そのセカンドボール奪取率の低さ、Norichがカウンターアタックをした際のアーセナル側の無気力ぶりを「全身が顔であるかのような」ディフェンスであったと皮肉っています。

これらはアーセナルが抱える選手層の問題ではないことは、彼らの上位にいるWolvesやLeicester、Sheffield Unitedの選手層と比較すれば明らかでしょう。

問題の本質は、コミットメントの不足とGuardianでは指摘しています。責任の擦り付け合いようようなディフェンスは多くの例の一例にすぎません。

しかもこれらのことは、決して新しい話でもありません。雑なディフェンス、手抜きから生まれる失点。連携のないパスのやりとり、無気力なランニング、「今のアーセナル」にアイデンティティがあるのだとしたら、これらこそがそれなのだと厳しく指摘しています。

リュングベリの仕事は、アーセナルのDNAの具現化ではなく、それを変えることなのだろうとも。